“647 名前:名無しさん@恐縮です[sage] 投稿日:2012/08/25(土) 08:59:44.85 ID:B1qG/QDL0
筒井康隆は、取材申し込み等は、ごくごく一部の昔馴染みを除くと、
電話は完全NGだった。
封書手書きによる「伺い」が必要で、葉書すら失礼と断る事が多かった。
もっともこの御仁、テレビと芸能界が大好きで、そちら方面はユルかったが。
665 名前:名無しさん@恐縮です[] 投稿日:2012/08/25(土) 09:08:31.08 ID:q+os6Fm1O
»647
筒井康隆は母校が甲子園に出たとき新聞社から取材を受けて、
「野球部だった」って答えたらしい。
それが記事になったところ、どこからかウソだとばれた。
本人に再度確認&抗議にいくと、
「本人がいったからって新聞記者の癖に裏を取らないのは怠慢だろ」と言い返したw
673 名前:名無しさん@恐縮です[sage] 投稿日:2012/08/25(土) 09:13:27.15 ID:B1qG/QDL0
»665
ttp://elleander.web.fc2.com/joke/joke3/joke107.htm
>5333.「インタビュー」 Selffさん
>その昔、筒井康隆氏の母校、春日丘高校が甲子園に出たとき
>新聞各社のインタビューに全部違うことを答えました。
>曰く「俺が在籍してたころは野球部なんてなかったなー」
>曰く「校内の野球大会でホームラン打ったら野球部に勧誘されたよ」
>曰く「校長から寄付を頼まれて100万円寄付してやった」
>これに怒った新聞社に対して筒井氏曰く・・・
>新聞取材は裁判の証言じゃないからウソをついてもかまわない。
>それより、裏も取らずにそのまま掲載する新聞社が悪いんだ!
実に痛快な人だ。
マスゴミ対応はこうあるべきだな。
684 名前:名無しさん@恐縮です[] 投稿日:2012/08/25(土) 09:18:49.36 ID:G4VX+Ro0O
»665
ワロタw
本人が言ってるなら信じるわw
でも裏取りしてないのが原因だから抗議するのは筋違い
705 名前:名無しさん@恐縮です[sage] 投稿日:2012/08/25(土) 09:26:27.12 ID:B1qG/QDL0
»684
»673
取材してきた新聞全紙それぞれに、まったく違うウソを言ってる。
つまり、新聞記者が如何に楽してバカな仕事をしてるかを熟知してのイタズラ。
727 名前:名無しさん@恐縮です[sage] 投稿日:2012/08/25(土) 09:34:12.41 ID:uhTIXcYj0
»665
»673
筒井面白すぎるだろw”
“647 名前:名無しさん@恐縮です[sage] 投稿日:2012/08/25(土) 08:59:44.85 ID:B1qG/QDL0
筒井康隆は、取材申し込み等は、ごくごく一部の昔馴染みを除くと、
電話は完全NGだった。
封書手書きによる「伺い」が必要で、葉書すら失礼と断る事が多かった。
もっともこの御仁、テレビと芸能界が大好きで、そちら方面はユルかったが。
665 名前:名無しさん@恐縮です[] 投稿日:2012/08/25(土) 09:08:31.08 ID:q+os6Fm1O
»647
筒井康隆は母校が甲子園に出たとき新聞社から取材を受けて、
「野球部だった」って答えたらしい。
それが記事になったところ、どこからかウソだとばれた。
本人に再度確認&抗議にいくと、
「本人がいったからって新聞記者の癖に裏を取らないのは怠慢だろ」と言い返したw
673 名前:名無しさん@恐縮です[sage] 投稿日:2012/08/25(土) 09:13:27.15 ID:B1qG/QDL0
»665
ttp://elleander.web.fc2.com/joke/joke3/joke107.htm
>5333.「インタビュー」 Selffさん
>その昔、筒井康隆氏の母校、春日丘高校が甲子園に出たとき
>新聞各社のインタビューに全部違うことを答えました。
>曰く「俺が在籍してたころは野球部なんてなかったなー」
>曰く「校内の野球大会でホームラン打ったら野球部に勧誘されたよ」
>曰く「校長から寄付を頼まれて100万円寄付してやった」
>これに怒った新聞社に対して筒井氏曰く・・・
>新聞取材は裁判の証言じゃないからウソをついてもかまわない。
>それより、裏も取らずにそのまま掲載する新聞社が悪いんだ!
実に痛快な人だ。
マスゴミ対応はこうあるべきだな。
684 名前:名無しさん@恐縮です[] 投稿日:2012/08/25(土) 09:18:49.36 ID:G4VX+Ro0O
»665
ワロタw
本人が言ってるなら信じるわw
でも裏取りしてないのが原因だから抗議するのは筋違い
705 名前:名無しさん@恐縮です[sage] 投稿日:2012/08/25(土) 09:26:27.12 ID:B1qG/QDL0
»684
»673
取材してきた新聞全紙それぞれに、まったく違うウソを言ってる。
つまり、新聞記者が如何に楽してバカな仕事をしてるかを熟知してのイタズラ。
727 名前:名無しさん@恐縮です[sage] 投稿日:2012/08/25(土) 09:34:12.41 ID:uhTIXcYj0
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筒井面白すぎるだろw”
“249 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2011/02/20(日) 02:03:07.65 ID:Pzzph8r10 好きだったおじいちゃん先生の言葉 ”
自転車が走るのに、本当に必要な道路の幅は、ほんの数センチ。
だけどそんな道路は危険だし、不安で走れない。
よそ見もできないし寄り道もできない。
勉強ってのは道路を広げることと一緒なんだ。
こんなもん将来役に立たないと思うかもしれないけど、
確実に君たちの道を広げていってくれてるんだよ。
“前提、疑問、結論、理由、補足、確認、この順番で書けば誰も間違えない”
“人間は、蓄積がモノを言う。その道10年の奴と、今期から手を出しました、では勝負にならない。”
新卒と、ベテランに同じ戦力は求めない。
歩いてきた道は嘘をつかないし、知っている道は早足で抜けることが出来る。落ちた落とし穴は2度目以降は警戒する。
これは、「貯めてる奴が、貯めてる分野では強い」という当たり前の話であって、じゃあ若者は勝負にならないかというとそういう話ではない。
「貯める気がある奴が強い」
若者だろうが、今まで蓄積が無かろうが「貯める気があればどこまでも蓄積されていく」。
教える側からすれば、
貯める気のある奴には、突っ込んでモノを教えるし、考え方を教える。
貯める気の無い奴には、近道と結果だけを出す方法しか教えない。
教える方だってコストが高いんだから、蓄積する気の無い奴を相手にしてられないわけだ。
教えてもらう側もこれは一緒だ。
教えてもらう側になった時は「蓄積する気がある/ない」を明確にするのがいい。
蓄積する必要がなければ、単純な手順だけ覚えてショートカットすればいい。
蓄積する必要があれば、仕組みと考え方を理解しないといけない。
それが明確なら教える方のコストだって明確だ。覚える気のない相手に、懇切丁寧に教える必要もなくなる。
(大事な事なので角度を変えて2回書きました)
世の中の、やる事、やれる事の量はもう、とんでもないので。
すべてを覚える事は不可能だ。
ただし、何かをやろうとしたら、自分が出来ない事を出来る人の世話には必ずなる。
自分にない蓄積をしている人はリスペクトしたい。
“なんど研究を投げ出して医者にもどろうかと思ったことか。しかし、35歳で死ぬかもしれんのだから、とりあえずそれまではがんばろうとふんばっていた。そうして迎えた35歳の誕生日。あぁ、いよいよやめるべき日がきたかと思ったけれど、いざとなると、精神は弱く慣性は強し。いや35歳はまだ364日ある、と言い訳をしながら続けることに。そしていよいよ自らが設けた仕切り、36歳の誕生日が目前にせまったころ、二つの、小さいけれど忘れられないできごとがあった。
ひとつは、お風呂でシャワーを浴びていた時に、悲しくもなんともないのに、涙がぼろぼろこぼれたことである。あとにもさきにも一度もない、ものすごく不思議な経験であったけれど、なぜか「あぁこれがボトムなんや」という気がした。そして、これが最悪やったらどうということはない、と、ずいぶんと楽になった。かといって研究は進まず、いよいよ辞めんとあかんかなぁ、という気持ちはつのる一方であった。
京都大学というのは、ちょっと特殊事情があって、大阪のような遠くから通ってくるのは少数派で、多くの人は大学の近辺に住んでいる。だから、研究時間はかなりフレキシブルで、夜中に実験する人もけっこういる。私も、実験で遅くなった時のために大学の近くに部屋を借りていたのであるが、その涙の日から何日かたった眠れぬ夜、午前二時頃にふらっと研究室に出かけた時、二つめのできごとに遭遇した。
当時講師であった私は、「六研」という大きな研究室を一つまかされ、7~8人の大学院生たちを指導していたが、その夜、夜中の二時というのに、なんと、その部屋の全員が実験をしていたのである。めったにあることではない。心底おどろき、我が目を疑った。辞めるということは、この子らの研究指導を途中でほうりだすことなのだ。こんなにがんばってくれているのに、そんなわけにはいくまいと、36歳の誕生日をすぎてから、もうすこしがんばる決意をした。
そして一ヶ月あまり。それまでもやもやしていた研究が劇的に進み、ゴールデンウィークあけに目が覚めるほどすばらしいデータが出た。いまでもそのデータを見た時の興奮は昨日のことのように思い出せる。うれしくてうれしくて、キャンパスのまわりを、意味もなく、1時間も2時間も自転車で走り回ったのだから。そして、その研究が無事にScience誌に掲載され、母校大阪大学の微生物病研究所教授へと栄転することがきまった。
いいデータが出てしばらくしたある日、鼻歌を歌っている自分を発見して、あぁ鼻歌を歌うのはどれだけぶりだろうか、と驚いたことがある。後から振り返ってみると、限界まで追い詰められていたのかとわかるけれど、追い詰められている時というのは、そこまでとは思っていなかった。苦労を売りにするようでは、人間、最後である、と常々思っているし、苦労などしないにこしたことはない。しかし、あの頃の苦労があったから、それ以降、たいがいのことがあっても、まぁ、あれに比べればどうっちゅうことはない、という腹のくくり方ができているのも事実である。
カタルシスのような涙がなかったら、そして、午前二時の研究室全員集合状態がなかったら、36歳の誕生日を契機に研究を辞めていただろうと思う。ひょっとしたら、あのころは、私の近くに神様がいて、あと一歩だからもうちょっと続けなさいと励ましてくれていたのかもしれない。研究をしていると、必ずしんどいことがあるし、そのしんどいことを乗り越えないと、次の一面に挑戦する権利すら与えられない。残念なことに、努力は必ずしも報われるとは限らない。しかし、かつての大阪大学総長・山村雄一先生が残された名言「天命を待って人事を尽くす」という姿勢だけは保っていないと、決して前に進むこともできないのだ。二つの小さな出来事がなければ人事を尽くせなかっただろうと思うと、とても不思議な気がする。でも、天命や運命というのは、ひょっとしたら、その程度の小さなことで決まっていくものなのかもしれませんね。
”
“とにかくね、生きているのだからインチキをやっているのに違いないのさ。”
“電話の声が素敵だね、とか
笑った皺がかわいいね、とか
お茶碗の洗い方が丁寧だね、とか、
ほんとにもうなんでも、どんな小さな、ささいなことでもよくて、
「他人」という目線でそのひとの素敵なポイントを見つけて、
言葉にして手渡してあげることだと思っています。ひたすら相手のいいところを見つけて言葉で肯定し続ける、
”
その積み重ねは自信になって、その自信はわたしがいなくなっても
わたしの大切なひとをつらいことから守る盾になってくれると思っています。